昭和40年06月27日 朝の御理解



 真心一心、それは天地に通う、天地を動かす。そのことを四神様は「真で成就せぬことはなしと仰せられる。真で成就せぬことなし、成就せぬ時には真が欠けたと悟れ」と仰っておられます。「神様がおかげを下さることが出来んのじゃない。こちらの真が欠けてるのだと悟れ」と。私はいつもこの時期になりますと、思いだすのですけれども、私の家内の父が亡くなります時、ちょうど、枇杷のなる時期でったんです。
 それで、何ものどを通らんのですけれども、枇杷だけが、おいしい、おいしいと言うて頂いて亡くなった。もうこれが日本一おいしいものだと言うて亡くなったそうです、枇杷を頂きながら。ですから、この月になりますと、私は必ず神様にお願いして、枇杷のお供えを御霊様にさて頂くんですが、今も、そこに枇杷のお供えを頂きましたから、御霊様だけに、お三宝一台お供えさせて頂いておりますが。
 私がもういよいよ困迫しておる時代、いよいよ修行の峠の時分でした。どうしてその、御霊様にいくつでもよけんから、枇杷のお供えをさせて頂きたいと思いましてね、一生懸命神様にお願いいたしましてから、おかげで果物屋の店頭に、その当時十円ぐらい出しますと、四つ五つぐらい大きな枇杷が買えたんです。まあ○○○なしの枇杷をなにがしかのお金で、もうそれこそ、一生懸命の思いで買わせて頂いた。
 それから、その枇杷を御霊様にお供えさせて頂きまして、その夜の御祈念に、そのことを神様にお礼申させて頂いてから、御霊様に、あの時分は私はいろいろ御祈念中に、一つの霊威というですかね、変わったことが大変あったんです。ですから、もう家内、子供、みんな休ませましたから、自分で、手製の屏風がございます。そして、その屏風を御神前に立てきって、その中で御祈念をするのですね。
 それで、その父の御霊様に、その枇杷のお供えが出来たことが、ほんとに有り難いと思うて、そのことをお礼申させて頂いとった。私はその時から、御霊様とお話が出来るようになりました。もう、その晩からでした。もう、初めてのことで、ほんとにびっくりいたしました。この人が家内の父である。その家内の父が、もう大変な喜びをしてくれるんですね。やむにやまれぬというか。
 もうこげな貧乏しとることは、神様でも御霊様でもご承知だから、ね、枇杷のお供えの一つでもさせて頂きたいけれども、今は、まあ、ついた餅はでけんから、心持ちだけお供えしとくといったようなことではね、真は通じません。私の真一心がいうなら御霊に通うた。御霊に通うたということは天地に通うた。お互いの真というのが、真心というのが、どのような形で、どのような思いで、程度に現されておるだ 昨夜は二十六日でございましたから、土居地区の共励会、正義さんの方でございました。
 みんなは共励会が終わってから帰ってまいりましてから、みなさん帰ろうと帰り支度なさるけれども、どうしても正義さんがそこから動きませんもん。私、神様にお願いさせて頂きましたら、今晩の御理解を頂きましたから、夕べの御理解を一通り説かせて頂いた。永瀬さんのところの御親戚の方が大変難産で困られた。永瀬さんからもお届けがあった。小野病院に入院しとりましたから、小野先生からも毎日お届けがあった。
 いよいよ、今日は切開してから、子供を出さなければならんというところまでなった。けれども、永瀬さんのような、真心の篤い人が一生懸命お願いなさっておられることだから、私はもう、心強う御取り次ぎができた。「まあ、今晩まで待ちなさい」。おかげで、その晩、安産のおかげを頂いた。ちょうど、昨日が日晴れに当たりましたものですから、あちらの奥さんと、その親子三人連れでお参りがございました。
 そのことを、私、神様にお届けさせて頂いておりましたら、「この子の上に起きてくること一切がおかげ」と頂きました。この子の上に起きてくること一切がおかげ」と頂きました。まだ、ようやく、日が晴れただけですから、目は見えません。けれどもです、赤ん坊が生まれるとすぐから、お乳を求めるという、口だけは、口で求めるということだけは、するわけなんです。
 誰が教えなくてもけれども、初めから目が見えるという子はおりません。けれどそのお乳を頂いておりますとです、いつの間にか体全体が発育のおかげを頂いて、育ってまいりまして何十日経っていくうちに、言わば目が見える様になる様に信心させて頂く者も、初めから心の目が見えるという人はありません。けれども信心させて頂く者は「肉眼を置いて心眼を開け」と仰る、その心眼を開かせて頂くということ。
 これは誰しもおかげが受けられる。「誰でも、生神様になれる」と教祖が仰っておられるように、「此の方だけが生神ではない。みんなもこのようなおかげが受けられる」。だから、みんなも心の目を開くことが出来るということになるのです。ところがです、赤ん坊がいわばお口をもってお乳を頂くことだけは、教えんでも覚えてまいります。そこから、そのお乳のおかげで、発育のおかげを頂いて、自ずと。
 そのような働きが出来る様になり、目が見えるようになる。心の目を開くのは教えなんだ。み教えは心に頂くところのお乳なんだ、糧なのである。それを、みんなが頂かずに、ただ、聞いておるだけね、そういうことになるのです。だから、いつまで経っても心の目が開けないというわけです。昨日私正義さん、あんたにしろ繁雄さんにしろ、勇さんにしろ、あちらのそのくにかさんにしろ、長男の国雄さんにしろ。
 いつも五人が残っておりましたから、五人を言うて、あんたどんが五人ながらです、「あんたたちは心眼を開く土台というものを頂きよろうが」と私が言うた。一番若い国雄さんの場合なんかはもうそれは、実に見事に御神夢を頂くです。そのままのような御神夢を頂きます。ご承知のように勇さんにおいてしかり、繁雄さんにおいてしかり、くにかさんなんかもそうである。
 ですから、これがもう一押しおかげを頂かせてもろうて、ほんとの意味合いにおいて心眼が開けるようになったら、いわゆる、この子の上に起きてくること一切のことがおかげに頂けれるようになるのだ。その赤ん坊の名前はですね、熊抱裕美子と言うんです。熊谷さんの熊に抱っこをする抱くという字が書いてある。いやくまがいじゃなくくまがき、ね。あのくまがきゆみこちゆうんですね。
 その熊抱裕美子さんだけの上に起きてくることが、一切がおかげというのじゃない。誰彼の上に起きてくる一切のことがおかげなのだ。けれども、例えば、肉眼を置いて心眼を開いていないから、心の目をもってしないから、やはり、難儀は難儀、いわゆる、病気をすりゃ、もう難儀と言う。それこそ、子供が言うことでも聞かなければ、どうして、言うこと気かんだろうかというて、親が難儀をする。そのこと一切がたとえば心眼をもってみると、みんながおかげなのである。
 そういうふうに親に信心を求め給うたわけでございます。まあ、どういう信心を求め給うとるかと言うと、「肉眼を置いて心眼を開け」ということである。その肉眼を置いて心眼を開くところからです、私どものものの見方、考え方というのが、もちろん、変わってくるです。そのことが難儀じゃないのですから、おかげなのですから。例えば、ここで、みなさんが、日々大変難儀な問題として、お取り次ぎ願われるけれども、私から見れば難儀じゃなくて、おかげとしか見えない。
 けれども、それはおかげばのと言うたところで、苦しゅうしてたまらん。けれども、私はおかげだとこう見えるわけなんです。だから、難儀と見るおかげと見る、そのことは一つなのである。肉眼を置いて心眼を開かんから、それが見えないだけ、お互いがお乳を与えられているのだけれども、お乳は、いわば、聞き流し。一つも血肉になっていかないところに、いつまで経っても心眼の、心の目が開けんのじゃないだろうかと、そういうような御理解だった、夕べの御理解は。
 それで正義さんが先生方を迎えに見えた時に頂きますことがです「正義さんの信心の中心をなすものは親孝行です。親に孝行する、もうこれが信心と思うておる。だから、親が右と言えば右、左と言えば左。「お前はこげん忙しかつに、お参りせんでん」と言ったら、親の言うことを「はい」と言うて素直に聞く。「お前はこげん悪かつに病院にかからにゃ、医者にかからにゃ」と言えば「はい」と言うて素直に聞く。
 これが正義さんの信心なんです。どこで行って話すでも、だからそれ。もう親戚にいろんな問題が起きた時など、話すことは必ずこのことだけ。ですから私昨日、夕べそのことを申しました。「正義さん、親孝行させてもらうならね、もう、徹頭徹尾一生懸命で親孝行させてもらいなさい」と申しました。ただ、親孝行というだけじゃなくて、親孝行がしとうてたまらんというものでなからにゃいかん。
 これくらいでよかろうということはない。なぜかと言うと、それを、つういっぱいせんと、次の親孝行が出来んと私申しました。一遍そのことをしなければ、中途半端だったら、いつまでも親孝行だけで、おしまいになる。親にはまだまだ、もっともっと偉大な親があるのだ。これは、私どもの信心もそうだった。親に喜んでもらいたい。親孝行したいという思いは、命に懸けてのものだった、私の場合は。
 それは、まあ、時期が時期でございましたからね。終戦直後のあの混乱した状態に、私どもが親子四人で引き揚げて帰ってきて、この状態ではもう親孝行したいばっかりに北支さんげにまでも出て行ったんです。それが、裸同様で帰ってきているのですから、もう、目も当てられなかった。そのことの目的が果たせなかった。それだけに、神様にかける祈りも願いも、そのことだけにかけられておったんですけれども。
 信心が一生懸命にならせて頂いて、だんだん分かってきたことは、これは、たとえば肉親の親よりも、もっと大事にしなければならない親があるということがだんだん分かってきてです、そこのところが、つういっぱい出来なければ、それが分からんです。その眼が開けんです。だから、ただ肉親の親に一生懸命親孝行させて頂かなければならんというところだけで、止まっておったら、たいした値打ちはないです。
 ただ、親孝行が出来るだけですたい。それではいわば本当に神様が喜んで下さるようなことにはならん。桂先生のみ教えの中にもございますように、「親に孝行をして神に不孝をする、そういう氏子がある。また、親に不孝をして神に孝行して、後に親に孝行する氏子がある」とおっしゃる。私が正義さんに求めるのは、神に孝行して、親に不孝をしているかのように見えるけれども、その先に出来る親孝行であって。
 本当の親孝行である事を本当に話せば分かるんだけれども、身を持って解らせたいから親孝行ばまちっと本気でしなさいと私が。親と名が付く親はもう全部じゃ。あんたの土居にござるおっかさんだけじゃない。家内の親だってやはり親は親なんだ。それは私が家内の父の御霊様にです、やむにやまれぬ思いで枇杷のお供えをさせて頂く枇杷のお供えしただけが、親孝行という訳じゃないけれどもね、一時が万事その通りである。
 そこに次の親孝行の出来る目が開けたという訳なんです。お互いの神様に向ける所の信心というものがです、真心一心をもってすれば天地に通う、天地を貫く事が出来る、天地を動かす。もしそれが成就しない時には、その思い真心というものが欠けておると悟らせてもろうて、いよいよ真心の追求をしていかなければならんのです。どうしたならば親が喜んでくれ、親が安心してくれるであろうかという。
 どう言う様なあり方にならせて頂いたならば、神様が喜んで下さるだけではなくて、安心して下さる氏子になれるであろうかという事を、明けても暮れても、その事を思い続ける。思い続けるそこにです神様がそれこそ、本然として分からせて下さるものが開けてくるのです。この本然としたものでなければ、次の働きになってまいりません。今の椛目の場合、どうすれば神様が喜んで下さるであろうか。
 どういうあり方にならせて頂いたら、それも中途半端なものじゃいけん、ぎりぎり本気で、自分の命がです、そのことを絶叫するものでなからなければならない。そのことを思い明け暮れ、そこに私は神様がです、これは一人ひとりに説明するということは出来ません。説明しえたところで分かるものではありません。本然と自分の心が、いわゆる心の目が開けなければ出来ることではありません。
 いよいよ、肉眼を置いて心眼を開かせて頂かなければ、度胸も出来ません。お礼を申し上げなければならなん時に、不平不足ども出ます。どうしてじゃろうかというようなことになっては、神様に対して、いつまで経っても御粗末、御無礼が続くだけ、本気で、一つ真心の追求、そして、肉眼を置いて心眼を開き見らして頂くところのおかげ、そこから、私は本当の安心の生活というか、いわゆる、この子の上に起きて来る一切がおかげというおかげになってくると思うのです。